この事例の依頼主
40代 男性
Aさんは会社経営の60代男性です。ある日、優先道路を走行中、脇見運転の車に衝突されてしまい、寛骨臼骨折のケガをしてしまいました。手術が必要なほどの大怪我で、手術をしますが、その際にMRSA菌血症に罹患してしまいます。その後、元々有していた胃がんが進行し、肺に転移してしまい、Aさんはお亡くなりになってしまいます。Aさんのご家族は、Aさんが交通事故の前は、元気に仕事をしていて、体調にも何ら問題がなかったため、Aさんがお亡くなりになったのは交通事故のせいだと考えていました。しかしながら、自賠責が出した判断は、交通事故との因果関係は不明というもので、Aさんのご家族が思うような結果にはなりませんでした。Aさんのご家族は、交通事故のせいでないなら病院のせいだと考えますが、病院は責任を認めようとしません。結局、Aさんのご家族は、Aさんの交通事故後の体調悪化や死亡の事実の原因が何なのかわからないまま過ごすことになってしまいます。自分たちだけでは埒が明かなかったため、Aさんのご家族は、地元の弁護士のところに法律相談に行くことにしました。ところが、地元の弁護士には、「医療過誤で勝つのは難しい」「骨折から癌で死亡するというのは認められない」「うちの法律事務所では対応できない」などと言われてしまい、どの弁護士も受任してはくれませんでした。Aさんのご家族は、このまま因果関係不明ということで終わらせることに納得がいかず、県外の弁護士を探すことにしました。【法律相談】こうした経緯でAさんのご家族とAさんの件について法律相談を実施することになりました。Aさんのご家族からご事情をお伺いしたところ、交通事故の前は元気に働いていたAさんが、いきなり体調を悪化させ死亡するに至ったというケースですから、このまま終わらせることに納得がいかないという想いはごもっともだなと感じ、難しい事案であるが、やれることをすべてやってみるとお約束して、受任することになりました。交通事故の加害者側保険会社に対する損害賠償請求と、医療過誤での病院に対する損害賠償請求の両睨みで方針を考えることにしました。
1 調査⑴ 診断書・カルテなどの調査:高次脳機能障害の後遺障害等級該当可能性を見出すまずは、Aさんの死亡診断書、交通事故の診断書を分析します。死亡診断書によると、胃癌が転移して肺癌となり、肝不全が直接死因となってAさんが死亡したことになっていて、死因の種類は「病死及び自然死」とされていました。医療過誤の損害賠償請求をする場合は、胃がんが肺がんに転移したことに病院側の過失が介在していないといけないことになりますが、具体的には、手術の際のMRSA菌血症に病院の過失を構成することができ、このMRSA菌血症により胃がんが進行して、肺がんに転移までしたということを立証しなければなりません。交通事故の損害賠償請求をする場合は、寛骨臼骨折から癌になることは通常考えられませんので、寛骨臼骨折の手術の危険の現実化としてMRSA菌血症となったことを立証し、その上で、このMRSA菌血症により胃がんが進行して、肺がんに転移までしたということを立証しなければなりません。いずれにしても困難な立証を伴います。その後、数千枚に及ぶカルテの内容を分析しましたが、医療過誤の因果関係や過失を構成することは困難で、また、カルテ内容だけでは交通事故とAさんの死亡との因果関係を繋げることも困難であるとの調査結果となりました。ただ、Aさんの死亡の結果は、Aさんが元々有していた胃がんも合いまって生じた結果であることは明らかでしたが、Aさんは肝不全で死亡する前に、高次脳機能障害になっていることがカルテから読み取ることができました。そこで、方針を変えて、元々有していた疾患と関係する死亡の事実との因果関係を繋げるのではなく、元々の疾患と関係のない高次脳機能障害での後遺障害等級1級の獲得を目指すことにしました。⑵ 医師面談:高次脳機能障害に関する医学的証拠を5通作成飛行機に乗って大学病院まで赴き、寛骨臼骨折後の脳の萎縮などの高次脳機能障害に関する医学的知見について話を伺いしました。その結果、カルテ分析のとおり、入院中、死亡までの間に、高次脳機能障害になっていたことが判明し、簡単に経緯を説明すると、寛骨臼骨折の手術⇒MRSA菌血症⇒良くない血が体の中をめぐり脳にも流れる⇒高次脳機能障害となる、という因果になることが分かりました。そこで、大学病院の先生に、死亡についてではなく高次脳機能障害に関する医証を作成してもらうことにし、①意見書、②後遺障害診断書、③神経系統の障害に関する医学的意見、④脳損傷又はせき髄損傷による障害の状態に関する意見書、⑤頭部外傷後の意識障害についての所見という5通の医学的証拠を作成してもらうことにしました。⑶ 奥様に対するヒアリング:日常生活状況報告書の作成また、高次脳機能障害1級を獲得するにあたって、交通事故前後の比較を、Aさんと1番近い立場にいた奥様にヒアリングを行った上、日常生活状況報告書を記載していただきました。2 異議申立て:高次脳機能障害1級の獲得以上の、数千枚に及ぶカルテ、5通の高次脳機能障害に関する医学的証拠、Aさんの奥様にご作成いただいた日常生活状況報告書を元に異議申立てを行いました。高次脳機能障害の判定の場合、他の後遺障害等級と異なり、高次脳機能障害審査固有のメンバーによる等級判定がなされます。医学的分析の結果、高次脳機能障害等級に必要な書類をすべて揃えましたので、見立てどおり、「生命維持に必要な身のまわりの処理の動作について、常に他人の介護を要するもの」として後遺障害等級別表一第1級1号を獲得することができました。
【解決事例のポイント】①弁護士介入後に医師の意見書など医学的な証拠を複数取り付け、自賠責因果関係不明の判断をくつがえし、後遺障害等級1級を獲得した②地元の弁護士では対応できず、県外の弁護士に相談したケース【コメント】被害者側専門の弁護士でなければ後遺障害等級獲得ができないという事案があります本件は、一見すると、胃がんが元となって死亡したケースとして、何らの損害賠償請求をすることもなく終了となってしまうこともあり得るケースでした。確かに、骨折から癌で死亡するというのは、通常考えられない因果関係です。しかしながら、事故前に元気だったAさんが、交通事故後に突然容体が悪化しているわけですから、交通事故や病院での手術が原因となったのではないかという素朴な疑問が生じるケースといえます。こうした疑問が浮かぶケースでは、安易にあきらめてはいけません。もちろん専門家が調査を尽くしたとしても、損害賠償請求ができない事案というのは存在しますが、まずは専門家に調査をお願いすることです。自賠責保険の運用上、死亡よりも後遺障害等級1級の高次脳機能障害の方が重いものとして扱われていますので、本件では、その運用をついて、高次脳機能障害での異議申立てをするという方針転換を行いました。医療過誤訴訟を提起するというルート、死亡事故として加害者に損害賠償請求するというルートもありましたが、医療過誤ですと病院の違法性まで立証するのがハードルが高く、また、死亡事故として扱ってしまうとAさんの持病の関係が出てきてしまいますので、Aさんに持病がなく、かつ、死亡よりも重く捉えられている高次脳機能障害1級1号という方針を選択するのが正しい事案であったと考えています。このような判断は、弁護士であれば誰しもできるものではなく、被害者側の専門としてやっている弁護士でなければ難しいものです。現に、Aさんのご家族も、地元の複数の弁護士に断られた末に、県外の私のところにたどり着いています。死亡事故や高次脳機能障害というのは、扱うのが非常に難しい類型ですので、ご家族が死亡事故や高次脳機能障害になってしまったという方については、被害者側専門の弁護士に相談されることをおすすめします。